松戸市で唯一の即効性のある整体法であなたの症状を改善へ導きます。

健友館松戸整体院


ちょっと自慢できる松戸のお話し

我が息子が大学で・・・土木を専攻しているのですが、松戸の川について研究することになり・・・任せてください研究のお手伝い!!

院長の趣味は歴史散歩・・・というわけで
「みんな忘れてしまった、ちょっと自慢できる松戸の歴史」のお話です。
Atizu.jpg地図:左上が、相模台
相模台のふもとは今の松戸駅あたり
中央(茶色)が水戸街道
下が江戸川
青い川が坂川
当院北を流れる坂川は、かつて江戸時代には「
(さか)川」と呼ばれ、流山、柏や松戸千駄堀から流れる川が合流し、今の松戸図書館あたりで江戸川に流れていました。(右地図左半分の青い川)ちょっと雨が降ると逆流し大洪水、村人は田んぼや家屋を土手で囲んで守っていましたが、洪水が起きそうになるとたとえば小金村や馬橋村の人が古ヶ崎村を襲い土手を切り、水田や家屋を泥で崩壊させ・・・自分たちだけ助かる・・・。
しかし1783年の浅間山の大噴火で、上流から土砂が流れてきて、「逆川」の半分以上が埋もれ、江戸川の川底も上がり、川の洪水によって3年に1度収穫があればいいという状態になると、悲惨な状態になった村々(以下上流の村)は団結、「逆川」を小山村、矢切村、栗山村(以下下流の村)まで延長させ市川の国府台あたりで江戸川に流そうと計画(上地図江戸川から上、そして右に向かう青い川)。当然下流の村は猛反発。ここに数十年にわたる上流と下流の村の対立が始まります。
ya12.jpg1833年幕府は普請役人3人を派遣、上流の村の人と一緒に下流の村を訪れるのですが、これを知り激怒した下流の村の農民たち、今の松戸2中あたりで、先に水盛りに来た古ヶ崎村の村民を襲い袋叩きにして殺してしまいます。襲撃した人々はつかまり江戸に護送され厳しい取り調べで獄死するありさま・・・。物語はさらに続き、感動の現代に!!
★下の写真が、殺人事件のあったあたり。



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